Monday, March 14, 2011

地震の週末

【当日の様子】
私は仕事にて、会社のデータセンターにいた。災害を考慮した立地、建物構造のためか、意外に揺れは小さかった。仕事を続行し、運転しているシステムの状況を確認し、連絡をとったりしていた。
電話はほとんど役に立たず、連絡の頼みは会社内のメールとインスタントメッセージ(チャット)そしてウェブメールなども比較的繋がりやすかった。一般の電話は繋がりにくく、携帯電話もメールも含めて繋がりにくい状態だった。

家族と連絡が取れたのは、5時頃に一回(無事を確認しあっただけ)と、9時頃に一回(帰宅の予定を連絡した)だけだった。

後日聞いたところ、地震発生のとき子どもたちはまだ下校しておらず。学校で待機することになった。夜になってから近所のママ友達にお迎えに行って頂けたので帰ってくることができた。自宅周辺は夜遅くまで停電が続いたとのこと。わが家は水道とガスは通じていたのでお迎えに行って頂いたご家庭といっしょに夕食をとったそうだが心細い一夜だっただろう。

私の方はデータセンターということもあり、停電の心配はほとんどなし。帰宅できなかったものの比較的不自由なく過ごした。

家族の安否確認も自分の両親も含めて夜までには確認出来た。

【土曜日】
私は昼頃になってようやく帰宅。
いろいろと学校関連の集まりの予定もあったがすべて中止になった。

【日曜日】
テレビを通じていろいろな状況が分かり始めてきた。
土曜日の状況からみて週明けからは通常に近い生活に戻れると思っていたが、次第に発電量の問題が明らかになってくる。私は昼頃から仕事モードに入り、月曜日からのシステム運転への影響を確認しはじめる。確認出来る範囲で目処がついていることを利用者向けに発信した。

ニュースではまだ余震の規模も大きそうなことを伝えていたので、わが家の中での災害時の行動(集合場所、連絡方法など)を確認しあった。

災害時行動には次のようなことをまとめてある。

  • 災害が起きたときに自分がどう動くべきか (非常時の持ち物、服装)
  • みんなの集合場所
  • 互いの連絡方法 (災害用伝言ダイヤル、携帯電話、親戚の家(情報のハブとする)等々)
  • 重要な連絡先 (印刷して子どもたちにも持たせた)
  • 災害用伝言ダイヤルの使い方、伝言として残すべきこと (自分の名前、無事かどうか、居場所、伝言を入れた時間)

子どもたちも、具体的にイメージしやすかったのではないか。



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