Tuesday, July 28, 2009

教会での「証し」

26日、日曜日、父が普段行っている教会、阿佐ヶ谷教会の例会で「証し」として自伝的な話しをするというので聞きに行った。
話しの主な内容は、ボランティアとして活動してきた数々の支援活動を紹介するというもの。ネパールでの「みつまた」事業のこと、フィリピンでの水道事業による水の提供、国内にて心身にハンディキャップがある人たちが共同して生活し働く「供働学舎」、それぞれとの関わりを紹介するものだった。
(*)フィリピンでの水道事業については、「マロンパティの精水」という本に詳しく紹介されている。

父とは、折に触れいろいろなボランティア活動について話に聞いているのでおよそ内容は想像がつくのだが、「もう少しうまく説明できればよいのになぁ」というのが正直な感想。
しかし、活動している内容については、正直、私など足元にも及ばないバイタリティに溢れるものだと思う。

話のあとの質疑のなかで「父の出身校で受けた教育と、こうしたボランティア活動は関連があるのでしょうか?」という質問があった。
私から見れば、父の活動は学校での教育そのものだと思う。生活即教育として戦前、戦中、戦後に教育を受けてきた生徒達がその精神を実業でも遺憾なく発揮しているように思うし、さまざまなボランティア活動を行っていても、単に金銭、物資を送るような支援をするのではなく、どういう産業を興したら自分たちの手で収入を得られるようになるか、どうしたら自立することを手伝えるのか、ということを一番に考え、それを信念のように指導し、技術移転している姿をみると、そのように教育を受けていたのだと強く感じる。

自分として新ただったことは、父の祖母(落合うの、私の曾祖母)の代から阿佐ヶ谷教会に縁があったこと。質疑を通して、父の原点は学校の教育にあることを気づかされたことだった。

話を聞く機会を与えられ、ありがたかった。

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