Monday, June 13, 2016

○○校的

機会があり、隈研吾氏の公演を聴く。講演で「○○校的」という表現に出会う。

私自身自分の母校の人たちと会話するときにも、やはり「○○校的」という表現を使うことがある。たとえば、「このやり方ってうちの学校っぽいよね」とか、「この建物、母校っぽいよね」とか。

表現としてはよく使うもののその意味はちょっと定義しがたい柔らかい言葉。だが隈氏は次のように母校のことを説明された。
・自然 (ある記事では野生的とも)
・インターナショナル
・身体を動かして実行すること
・フラットでヒューマン

このように言葉で説明できるように母校の性質を分析的にとらえていることに関心する。加えて○○校的という言葉の背景には、生活環境を共有できていることも大切な側面だと感じられた。親子ほどの年齢差であっても、同じ名物先生に教わったとか、昔からの伝統行事で共通する体験をしていたり。

部分的、限定的だが、自分の母校とも共通するところにも共感を覚えた。またそのことを嬉しくも思う。自分の母校を表現するとしたらどうなるだろうか、とも思う。

講演では、話題の新国立競技場についても触れていただいた。
建築素材として木を使う技術がとても進歩してきているとのこと。耐火性や対腐食性。また集成材で直径が1メートル以上の建材も造れるようになっているとのことなので、それだけではなさそう。
新国立も外苑の森との調和を考えて設計されたと聞く。背景が活かされた結果なのだろう。
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