逗子駅の新しい跨線橋の山側の入り口は8月4日利用開始だそうだ。
子どもたちを含め、学校の生徒たちは二学期から新しい入り口を使うようになる。
子育て、子供の教育を中心に感じたことを記す
今日の記事の執筆は、規制改革会議・教育研究タスクフォースの戸田忠雄氏。元長野県立長野吉田高校長先生だそうだ。
記事の主旨は、言葉こそ違うが最近読んだワタミ社長の渡邉美樹氏の考えと全く同じ。
バウチャー制導入を進める考えと支持する理由、期待される効果がまとまっている。
私も読後すぐで感化されているかも知れないが、同感だ。
バウチャー制導入を進める考えと支持する理由がまとまっている。
また、モンスターペアレントについても触れられている。モンスターペアレントとは、ちょっとググってでてきた「時代を読む新語辞典」によればクレーマーとほぼ同じ意味に聞こえたが、この記事で用いられているのはむしろ、既得権益にしがみつく教育機関側が学習者に対する蔑称という感じで使われていた。
渡邉さんの本を読んだ直後で影響を受けているせいもあるのだろうか、バウチャー制は教員改革の具体案として、方向性は間違っていないと思う。
また、コンサートの様子は、翌日(当日深夜?)には早速竹島さん(ゾリステンのメンバー)のブログに載っていて、舞台裏を伺い知ることが出来る。このように演奏者発信の情報で身近に感じられるのもありがたい。
ゾリステンは11人の編成によるブラスアンサンブル。金管楽器界のドリームチーム(パンフレットのコピーより)だ。
長女は湘南ヒットソングメドレーが気に入った様子。やはりクラシックよりもポップスの方がなじむようだ。
長男を筆頭に我が家はパーカッショニストの竹島さんの大ファン。第1部はクラシック曲の演奏であくびをしながら聞いていた長男も第2部は楽しんだようだ。
威風堂々はディズニー、ファンタジア2000に入っていてよく知っている曲。足でリズムを取りながら聞いていた。次の曲は竹島さん作曲のAnother sea.マリンバが大活躍する曲で打楽器とは思えない深みのある低くうなるような響きや静寂の間に聞きほれた。
第2部演奏中には、メンバーのなかの2人が突然ビリーに変身してエクササイズを始めたり、オペラ歌手に変身(歌もうまい!)したり、と爆笑企画があった。長女もビリーのエクササイズには大うけだった。(連休中、借りてきたブートキャンプのDVDを初めてみたばかりだった。長女も10分くらいはエクササイズを体験していた)
この逗子発のゾリステンは来年もコンサートを企画しているとのこと。是非また楽しみたい。
学校に理不尽な文句をつける「クレーム親」の話題が取り上げられていた。
クレーム親が増えて来ているため学校が対応に苦慮している。最近では弁護士の力を借りる自治体も現れたとのこと、学校現場の模索を伝える内容。
今まで、テレビや新聞のニュースを見る限りでは不当要求の相手は企業だったり個人消費者だったりで、教育現場が対象になったというのはあまり目に触れなかったように思うが、最近の調査では無理な要求をする親が増えていると感じている教師がほとんどなのだそうだ。
クレームの内容を見ると理不尽な要求も多く、学校側も対応に戸惑うところが多くのだろう、と想像する。記事では、充分に話し合うことと毅然と対応することを対策として挙げていた。
7月12日、毎日新聞の社会面にも同様の記事が載った。学校教育サービスを受ける、という意味では、学校にとって生徒は「お客さま」かもしれません。けれども、居酒屋のお客さまと異なるのは、生徒の場合、学校から受けた教育サービスを元手に、自らが成長することが目的であるという点です。そう、生徒は本来、学校教育を客体的立場でただ「消費」するのではなく、学校教育を主体的立場で「吸収し」、自らの未来に活かしていく。そのために学校で教育を受けているのです。また、
私は、学校と教師に、自分たちの生徒にこびへつらい、「お客さま扱い」しろ、と言ったことは一度もありません。そんな扱いは結局生徒たちのためにならないし、生徒たちの幸せにつながらないからです。この本のこの箇所を読んだときに感じたのは、(こじつけかもしれないが)このように「お客さま扱い」される立場、と勘違いしている親たちがクレーマーとなっているのではないか、と言うことだ。
ですから、生徒を「お客さま」と考え、彼らが将来幸せになるため最高の教育を届けよう、というのと、生徒を「お客さま扱い」し、甘やかしスポイルする、というのは、ことば面はにていても180度逆のお話なのです。そして私が進めている教育改革は、もちろん前者のほうなのです。
下調べのまとめを del.icio.us にあつめてみた。
午後には図書館へ行って長女の調べものに付き合う。
学校の読書記録を付け忘れている部分があり、図書館の貸し出し履歴から調べようと思い、窓口の人に聞きに行かせた。残念ながら貸し出し履歴は返却した時点で消されるのだそうだ。
あとは自分の記憶を頼りに読んだ本を思い出しながら一覧を作る。わざわざ図書館に来て調べたもう一つの理由は、読書記録に読んだ本のページ数を記入しなければならないため。図書検索システムに登録されている書籍の情報から、ページ数を調べようと考えた。
しかし図書館での調べものはほとんど徒労に終わった。図書の登録情報にはページ数が入っていないものが多かったからだ。
結局ウェブで調べ、書籍検索サイト books.or.jp で得た情報を使うことにした。
前回からの共通の、ゆとり教育の反省から議論されている土曜日授業の復活に関するテーマ。
フィンランド方式は学力水準を高く維持している教育方式として注目を集めていると最近知ったが、その効率のよさを例に取って「授業時間が少ないほど学力が上がる」との論があるとはしらなかった。
西村教授の考えは、自学自習型の勉強のすすめ。
授業の目標の設定方式を変えたり、教員の質を上げる取り組みは効果があるのだろうが即効性に欠ける。教科書の改善がもっとも効果的。自習に役立つような教科書を使えるようにするのが効果が高いとの考えだ。
学習方法の指針としてはもっともだと思うが、教科書を作り直すことについては一朝一夕に出来るものではないのではないかと思う。
前回の記事のマニフェスト方式での管理とか、教員の質の改善(教員免許の有期更新案)と並行して議論されるべきものだと感じた。
6月25日 日経 教育面から
「土曜日授業を考える」−−学力向上「逆算の発想」で、という見出し。
今日の記事の執筆は千葉大学の明石教授。
教育再生会議の第二次報告の授業時間を増やす効果には懐疑的なのだそうだ。
指導要領に従って時限をこなし、一学年を修了するときの単位数のみ帳尻をあわせるような「積み上げ方式」では学力の向上は期待出来ず、いま必要なのは到達目標を決めてそこから具体的な施策を立てる「逆算の発想」なのだそうだ。
具体例としては「何年生は○○を学ぶ」という履修システム から 「六年生の算数ではあまりのある割り算が一分間に20問以上できる」という習得システムに変える、というやり方だ。
「公約」から「マニフェスト」への転換と表現されているがこのマニフェスト方式という考えは家庭にとってはわかりやすい。
図書館へ本を返しに行ったついでに中をのぞいてきた。
この日にオープンしたのは、パソコンや打ち合わせスペースのある市民活動スペースと、会議室で成り立つ生涯学習スペース。我が家がもっとも使うことが多くなりそうなプールは16日オープンのため、まだ入ることはできなかったが、ガラス越しに見ることができた。
地下にあるプールは温水式で一年中使える。楽しみ。
3階部分は市立小学校の体育館になっている。これだけ設備が整ってくるとここに子どもを通わせたくなってくる。
施設の詳細は広報誌に詳しく載っている。逗子市の広報誌6月15日号
ただ、私がセミナーなどでお話するのは、やはり「道具は道具でしかない」 ということでというくだりは、全くその通りと思う。参考になる。
4月頃の記事 「携帯電話とお留守番」
2月頃の記事 「子供向け携帯電話とココセコム」
DoCoMo キッズケータイ
au ジュニアケータイ
Softbank Mobile
これは、大人向けの書籍。長女に読ませるつもりは無いが、
- 算数が大好きになる事典
上野富美夫著、東京堂出版刊


1990年代初めの丁度Walkmanを初めとするカセットテープ型携帯プレーヤーが一般的になり、携帯型のCD Playerも普及して、24時間何時でも何処でも音楽を楽しむというスタイルが始まった頃に、・・・<中略>この記事には共感を覚えた。この頃の曲って、当時は結構アップテンポな曲だと思っていたものでも、最近聞くと結構ゆったりした曲のように聞こえるんですよね。世の中のスピード が速くなったからなのかもしれませんが・・・<後略>
ほぼ同時期、行政のスタンスの点で対照的な調査結果が公表された。大阪府教育委員会が昨年度実施した学力等実態調査で、家庭の文化的環境や教育費等、プライバシーに相当踏み込んだ保護者調査を行った。文科省調査に異を唱えた批判者たちが卒倒しそうな質問が列ぶ。調査で必要な情報は理由を明確にし、調査対象の人たちにその必要性を納得してもらった上でしっかりと収集すべし。その必要性を説明し納得させられるかどうかが調査実施者の手腕による。その裏付けとしては「調査に協力しない自由を保証する」ことが必要とのこと。