Showing posts with label 教育再生会議. Show all posts
Showing posts with label 教育再生会議. Show all posts

Tuesday, June 17, 2008

ケータイ、裏サイト

最近(といってもここ2〜3ヶ月の間)子供に携帯電話を持たせる・持たせないとか、学校裏サイトのことが話題になっていた。

このてのテーマは我が子に無縁ではないし、気になることなのだが、自らの考えをまとめたり意見を述べたりするにはちょっと重い。
話題の嵐が過ぎ去って、「あ〜、そう解釈すればよいのか」と後で納得したり。
そんなことをメモしておこう。

解釈や議論が厄介になっている(少なくとも私にとって)のは携帯電話というデバイス(装置)だと思う。
今や普及率が90%近い一般化したものだが、機能として様々なものが組み合わさってできている。

1.電話(通話)機能
2.カメラ機能(静止画)
3.カメラ機能(動画)
4.GPS(位置特定)機能
5.インターネット接続機能(メール)
6.インターネット接続機能(ウェブ)
7.アプリ機能(ゲーム、PIM(Personal Information Manager・・・スケジュール帳やアドレス帳など)、その他)

子どもとの連絡、保安上は1.4.があればこと足りるのではないか。
人によっては親子の連絡は(親の仕事の都合上)メールとすることもあるだろうが。
ここを観点にした、わか子に携帯電話を持たせるかどうか、という考えは以前、「子供に携帯電話は必要か」とかそのコメントや「子供向けの携帯」にメモしたとおりだし、家庭に応じて判断すればよいと思う。

学校裏サイトとか出会い系などで問題になるのは5.6.のあたり。このエリアに関する議論の対象は携帯端末だけの問題ではない。
事件に巻き込まれたりする中・高生の大半がケータイを使ってアクセスするので、「対策もまずここから」となっているのだろうが。「教育再生懇談会」の報告もここに焦点を当てていたのだろうと想像する。

個人的にはケータイを禁止にするといった短絡的な発想ではなく、PCも含め、子どもたちにインターネットとどのように向き合わせさせるか、を保護者、教育者が考えねばならないと思う。(まずは親・教師への教育が必要との意見もあるようだが)

しかし、インターネットは次々と技術革新がおきている分野で「従来の慣例に従って解釈」しようとしても限界がある。この報告は携帯電話とインターネットを必要以上に結びつけてしまい、個々の家庭が解釈することを撹乱しようとしているだけにも思える。

有害サイトを危険なものとして、子どもたちから遠ざけるのはすぐに思いつく方法だ。フィルタリングソフトを用いるなりパソコンに触らせないようにすればインターネットに存在する危険から遠ざけることはできる。
かつて、バイクの3ナイ運動に対して「使わせて覚えさせなければ、自分で危険を判断出来るようにはならない」と考えていた私にしてみれば、当時のPTAと変わらない対策になってしまう。
かといって、ネットで起きていることは自分が体験していないので、なかなか想像しにくい。
そういう意味で、このブログ記事は参考になった。

けんじろう と コラボろう!


また、ネット安全教育に関しては、日経ビジネスのコラム「子供をネット犯罪から守るのはだれ?」あたりの記事が参考になるか。

ついでのようになるが、

「子どもの携帯電話利用状況」に関する調査結果によれば、
小学生低学年 約2割
小学生高学年 約3.5割
中学生 約6割強
高校生 約9.5割
の子どもたちが携帯電話を利用している。

そういう意味では、「くさい物にはふた」的な対応ではなく、まじめに向き合わなければならない時代なのだろう。





Tuesday, July 17, 2007

バウチャー制

7月16日 月曜日、海の日
日経朝刊の教育面より

今日の記事の執筆は、規制改革会議・教育研究タスクフォースの戸田忠雄氏。元長野県立長野吉田高校長先生だそうだ。

記事の主旨は、言葉こそ違うが最近読んだワタミ社長の渡邉美樹氏の考えと全く同じ。
バウチャー制導入を進める考えと支持する理由、期待される効果がまとまっている。

私も読後すぐで感化されているかも知れないが、同感だ。
バウチャー制導入を進める考えと支持する理由がまとまっている。
また、モンスターペアレントについても触れられている。モンスターペアレントとは、ちょっとググってでてきた「時代を読む新語辞典」によればクレーマーとほぼ同じ意味に聞こえたが、この記事で用いられているのはむしろ、既得権益にしがみつく教育機関側が学習者に対する蔑称という感じで使われていた。

渡邉さんの本を読んだ直後で影響を受けているせいもあるのだろうか、バウチャー制は教員改革の具体案として、方向性は間違っていないと思う。

Sunday, July 15, 2007

クレーム親

最初の新聞記事に気づき、下書きだけしたためているうちに、記事を公開するタイミングを逸していたが、後日、他紙にも同様の記事が載ったので、少し書き加えてみた。

6月25日 日経朝刊 神奈川版 社会面から

学校に理不尽な文句をつける「クレーム親」の話題が取り上げられていた。

クレーム親が増えて来ているため学校が対応に苦慮している。最近では弁護士の力を借りる自治体も現れたとのこと、学校現場の模索を伝える内容。

今まで、テレビや新聞のニュースを見る限りでは不当要求の相手は企業だったり個人消費者だったりで、教育現場が対象になったというのはあまり目に触れなかったように思うが、最近の調査では無理な要求をする親が増えていると感じている教師がほとんどなのだそうだ。

クレームの内容を見ると理不尽な要求も多く、学校側も対応に戸惑うところが多くのだろう、と想像する。記事では、充分に話し合うことと毅然と対応することを対策として挙げていた。

7月12日、毎日新聞の社会面にも同様の記事が載った。
先生は「訴訟保険」に入る一方で、「本音の交流が必要」という内容。

このようなことが新聞記事に載せられているのと相前後して、渡邉美樹氏の本を読んだ。
きっかけは日経ビジネスのオンラインコラムワタミ社長渡邉美樹の「もう、国には頼らない」を読んだことだ。

学校教育などの公的サービスにも市場メカニズムの競争原理を持ち込んだ方が、結果として品質の高い教育へ変わらざるを得なくなるはず、とのこと。

間違えてはいけないのは、「学校の生徒を”お客さま扱い”する」ということについての考え。書籍「もう国には頼らない」から引用するが、
学校教育サービスを受ける、という意味では、学校にとって生徒は「お客さま」かもしれません。けれども、居酒屋のお客さまと異なるのは、生徒の場合、学校から受けた教育サービスを元手に、自らが成長することが目的であるという点です。そう、生徒は本来、学校教育を客体的立場でただ「消費」するのではなく、学校教育を主体的立場で「吸収し」、自らの未来に活かしていく。そのために学校で教育を受けているのです。
また、
私は、学校と教師に、自分たちの生徒にこびへつらい、「お客さま扱い」しろ、と言ったことは一度もありません。そんな扱いは結局生徒たちのためにならないし、生徒たちの幸せにつながらないからです。
 ですから、生徒を「お客さま」と考え、彼らが将来幸せになるため最高の教育を届けよう、というのと、生徒を「お客さま扱い」し、甘やかしスポイルする、というのは、ことば面はにていても180度逆のお話なのです。そして私が進めている教育改革は、もちろん前者のほうなのです。
この本のこの箇所を読んだときに感じたのは、(こじつけかもしれないが)このように「お客さま扱い」される立場、と勘違いしている親たちがクレーマーとなっているのではないか、と言うことだ。
真の教育改革を行っていく上で、学校は生徒を「お客さま」と考えていくことは必要だと思うし、このような勘違いしているような家庭に対しては、教育の理念に基づいて説明、説得、などの対応をしていかなければならないのだろう。ある意味、教育改革を進めていく上での「産みの苦しみ」なのではないか、と感じた。

この種のトラブルは逃げずに向き合うのが取るべき対応なのだと思うが、対応する先生にも理想を追い求める信念が必要なのだろうと思う。 (大変だとは思うが・・・・)

ところで、私が渡邉美樹氏に対して感じる印象は、言っていることは理念とか目指す方向には共感を覚えるのだが、実際の活動はどうも革新的すぎてついて行けない、というギャップを感じてしまう。
まだまだ、自分も甘いのだろうか。

Tuesday, July 03, 2007

6月25日、7月2日 日経 教育面

7月2日 教育面は先週の「土曜日授業を考える」の続き
今回は京都大学の西村和雄教授の執筆。

前回からの共通の、ゆとり教育の反省から議論されている土曜日授業の復活に関するテーマ。

フィンランド方式は学力水準を高く維持している教育方式として注目を集めていると最近知ったが、その効率のよさを例に取って「授業時間が少ないほど学力が上がる」との論があるとはしらなかった。

西村教授の考えは、自学自習型の勉強のすすめ。
授業の目標の設定方式を変えたり、教員の質を上げる取り組みは効果があるのだろうが即効性に欠ける。教科書の改善がもっとも効果的。自習に役立つような教科書を使えるようにするのが効果が高いとの考えだ。

学習方法の指針としてはもっともだと思うが、教科書を作り直すことについては一朝一夕に出来るものではないのではないかと思う。

前回の記事のマニフェスト方式での管理とか、教員の質の改善(教員免許の有期更新案)と並行して議論されるべきものだと感じた。

6月25日 日経 教育面から
「土曜日授業を考える」−−学力向上「逆算の発想」で、という見出し。

今日の記事の執筆は千葉大学の明石教授。

教育再生会議の第二次報告の授業時間を増やす効果には懐疑的なのだそうだ。

指導要領に従って時限をこなし、一学年を修了するときの単位数のみ帳尻をあわせるような「積み上げ方式」では学力の向上は期待出来ず、いま必要なのは到達目標を決めてそこから具体的な施策を立てる「逆算の発想」なのだそうだ。

具体例としては「何年生は○○を学ぶ」という履修システム から 「六年生の算数ではあまりのある割り算が一分間に20問以上できる」という習得システムに変える、というやり方だ。

「公約」から「マニフェスト」への転換と表現されているがこのマニフェスト方式という考えは家庭にとってはわかりやすい。

Friday, May 18, 2007

教育再生会議 日経社説

日経の社説でも『教育「井戸端会議」なら全くいらない(5/18)』とのタイトルで教育再生会議のことが取り上げられた。

その通りだと思う。

Sunday, May 13, 2007

教育現場への競争理論

ちょっと古い記事からだが、4月30日付け、日経の教育欄から。
記事は、関西大学教授、白石真澄氏。

要約すれば、
学校選択制は制度としては整備されたが現場での実施は満足に行われていないこと、「競争・市場原理」について、教育の現場に過度の競争意識や序列を持ち込むことを忌み嫌われていることなどを、実例を挙げ教育現場の現状の課題点を指摘。その上でその解決案として学校の統廃合を軸に余剰金を生み、教育の向上に向けた人材登用への予算再配分など、教育の質を向上させることを提言されていた。

前半部分の現状について、公立の学校に対してこのように警鐘を鳴らさなければならないほどの実態だと聞けば、子どもを公立学校で学ばせることについて熟考しなければならないと思わされる。逗子地区での学校の実態はどうなっているのか、気になる。

Saturday, May 12, 2007

My family steps: 親学

My family steps: 親学
このニュースの続報があった。5月11日付けの毎日新聞夕刊にて、「親学」見送り確認とのこと。
「『親学』に関する緊急提言」について当面発表を先送りし、慎重に検討を続ける方針を確認した。
のだそうだ。
この記事、掲載が夕刊だったのだが、webニュースではyahooニュースで見つけられたきりだった。

前回の概要発表は、あまりにも拙速すぎたと言うことなのだろうか。

Monday, May 07, 2007

親学

だいぶ古い話になり、あちこちのblogにもたくさんの記事が書かれているが、2週間ほど前の新聞に載っていた『親学』について、ここにも書いておこうと思う。
新聞に出ていたのは4月26日。見出しは次の通りだが、記事を見てすぐに「そんなことまで口出しするのか」と感じた。
 政府の教育再生会議は25日、親に向けた子育て指針である「『親学(おやがく)』に関する緊急提言」の概要をまとめた。子どもを母乳で育てることを呼び かけたり、父親にPTA参加を呼び掛けるなどの内容。政府の有識者会議が家庭生活のマニュアルを示し提言をすることには会議内にも慎重論があるだけに、世 論の評価は分かれそうだ。
世間の人たちがどのように感じているのかと思い、blog検索でどのようなblog記事ができているのか見てみた。おおむね私が新聞記事を見て感じたことと同じような内容ものが多かった。
教育再生会議は定期的に分科会を開いているようなので、しばらくこの話題に注目していたいと思う。